電子書籍元年といわれた2010年もそろそろ終わってしまいますが、ユーザー目線から見ると、あまり「始まった感」がない電子書籍業界。その一番の理由は、やはり手に入る点数の少なさではないでしょうか。

壁となっている権利処理の問題

出版社が保守的であるとか、市場規模がまだ小さいとか、そういった問題も無くはないのですが、日本の電子出版が進まないのは、権利処理の問題が一番の理由になっています。問題は、出版社が「うちの本を全部電子出版をするぞ!」と決めたとしても、出版社の一存ではそれが実現しない点です。

ある本を電子出版する際には、出版社は、その著者と電子出版のための再契約を交わす必要があります。加えて、本の中で写真などを使用している書籍の場合、その一点一点の写真(!)の提供元に対しても、写真使用のための再許諾が必要だそうです。これを全ての書籍に対して行うためには、膨大な人的コストがかかることは想像に難くありません。

弊社も現在、既刊の大学向け教科書の電子出版に向けて、多くの出版社様に協力をお願いしているのですが、なによりもまず、この権利処理の壁が大きく立ちはだかっています。

従来の出版契約書の問題点

これまで出版社と著者の方が交わしてきた出版契約書には、電子出版に関する具体的な取り決めがありません。具体的な契約書として、日本書籍出版協会のサンプル(PDF)がありますので見てみてましょう。

第1条(出版権の設定)甲は、表記の著作物(以下「本著作物」という)の出版権を乙に対して設定する。
2.乙は、本著作物を出版物(以下「本出版物」という)として複製し、頒布する権利を専有する。

出版契約書の正式名称は「出版権設定契約書」というそうで、その名前からも分かるよう、この第1条が一番の意味を持ちます。この条項によって、本を出版する権利が出版社に生じます。問題は、この出版権には電子出版は含まれないということです。

出版権は著作権法第三章「出版権」において定義されています。

第七十九条  第二十一条に規定する権利を有する者(以下この章において「複製権者」という。)は、その著作物を文書又は図画として出版することを引き受ける者に対し、出版権を設定することができる。

論点は、出版権に電子出版が含まれるかどうかなのですが、下記の条項により、電子出版は含まないという見方がされています。

第八十条  出版権者は、設定行為で定めるところにより、頒布の目的をもつて、その出版権の目的である著作物を原作のまま印刷その他の機械的又は化学的方法により文書又は図画として複製する権利を専有する。

つまり、電子出版は「機械的又は化学的方法」に当たらないのでダメという判断です。ただし、電子出版もこの出版権に含まれるという見解の専門家の方もいるそうで、非常に曖昧な部分です。

電子出版も出版権に入れるべき

私は、電子出版も上記の出版権に入るという解釈でいいのではないかと思っています。iPadの液晶画面に版面を表示させるなんてことは、まさに機械と化学の成せる業だと思うのですがどうでしょうか。

日本の出版業界の多くのリソースが、再契約や再許諾をとるための膨大な作業に費やされてしまっています。その結果として、電子書籍が全く出てきません。これでは、米国のように出版社が電子出版の権利も保有している国を相手にして、グローバルな競争で太刀打ちできるとは思えないのです。

出版社・著者の意識改革、および法制度の早急な見直しが必要ではないでしょうか。